
振り返ると髪の話ばっかりしているような気がする
ちょこちょこ小話みたいにしている気がする
たぶん、セルフケアでなんとかしようとするんじゃなくて、
ある程度のセルフケア+美容院でもオプション追加、が1番早いんだろうけど
自分でなんとかできないかな~って思っている
んだと思う
そのおかげで、シャンプーもトリートメントもドライヤーもその他も合うのが見つかったけど
その時間と手間とお金をかけてこれ?みたいな質ではある
もともとの髪質がやっぱり1番大きいんだけど、
外に出たりSNSとかで見ると(SNSは加工があるとはいえ)、ストレートの人もカールの人もきれいだなあと思ったりする
たぶん形状はあまり関係がなくて、要はツヤがきれいに出ているか、面が整っているかというなんだろうね
だからブローが大切という
髪と地肌に負担をかけずに、落としすぎない、でも、ある程度の洗浄力があり、皮膜しすぎないトリートメントを使い、熱くなりすぎないドライヤーを使って乾かす&面を整えて、アイロンでストレートにするか、巻くか、という
理屈はわかってるんだけど
理屈がわかったうえで色々やって、やっと中の下か下くらいなんだよなあ
コスパもタイパも悪い
結果よりもそもそも過程が好きだからやめないんだろうけどね
結果も欲しいけど
1番楽なのは縮毛矯正かストレートかけちゃうことなんだけど
カット以外のメニューで定期的に美容院に行く必要があるという状況をできれば回避したい
楽だし、矯正かけたほうが疲れて見えないからそっちのほうがいいんだろうけど
自分でなんとかしたいのよね~
というか
自分でコントロールしたい&謎解きをしたい&最適解を見つけたい、からずっとセルフでなんとかならんかなと思ってるのかな
また出たよ最適化癖
合理化とか最適化とかほんと好きね
客観的に見れば美容院に頼らないのは非合理だとは思うが
なんだろう、ふらっと行けないから嫌なのか
よくわからん
☆
合理化とか最適化とかがここまで好きじゃなかったら良かったのになと思う
確かに生きていくのに役には立っているけど
人としてなんかあたたかみがないような気がして
常に合理的な判断を考えて実行しているような気がするというか
本当に人を人として扱えているのか、私は自分の都合だけを考えているんじゃないか、という気になる
ひどくなると、人を駒として扱っているんじゃないか、という
そんなことはないんだろうけど
そして基本的に人は自分の人生なんだから、別に自分のことを1番に考えて生きて行動して良いわけでそれにはなんの問題もないんだけど
なんだろう、優しさ的なものを使って人をコントロールしようとするな、という気持ちが自分に対してあるのかな
怖いんだろうね、人とぶつかるのが
優しさとか穏やかさよりもさらっと正直に言えばいいだろ、という気持ちが自分にあるのかな、たぶん
でもうまく言葉が頭に浮かばなくて、ああ、また出来なかったなという
いつもの慣れたソフトなやり方しか出来ないなという
うーん
はたから見ればそれはそれで長所なんだろうけど
夫関連はともかくとして、他には大きなトラブルは起こしてないし、衣食住に困っているわけでもない(なんとかなった)、人とのコミュニケーションが破綻しているわけでもない
が
自分がAIくさくて嫌だなという
ロボットになりたいってずっと思ってたくせに、ロボットムーブをしているのは嫌なのか
ロボットムーブは完璧なロボットじゃないからね
完璧なロボットは完璧なロボットとして対応できるからね
ロボットとして100点の対応を常に出し続けられるから
ああそうか、私は人であって、その前提ゆえに人としてのふるまいを求められているにも関わらず、私が出力するのはロボットムーブ的なものだから、騙している気がしてそれが嫌なのか
なんだろうな
これと似た話を前にもしたな
優しいって言ってもらえるけど私は愛情由来の優しさじゃなくて構造由来の優しさだから本当の優しさじゃないぞみたいな話
なんなんだろうなーーー「人を騙している感」をすごく嫌ってるんだな私は
誠実でありたいと思っている?でも不誠実っぽくなっているから自己嫌悪している?
気を遣わなくていい、そこまで優しくなくていい、もう少し雑でいいと言われるのに、出来ないのが嫌なのか?
つまり、完璧に「そこまで優しくない」ムーブを今度はやろうとしてるのか
バカなのか?笑
めんどくせえー笑
こういうぐるぐるした話って好きな人は好きだけど、そうじゃない人は「なにしてんだ???」ってなる話よね
まあいいか、私のブログだから
型を使ってでも、優しすぎない丁寧すぎないのをやっていけばいいんだろう
そうすればいつのまにかそれが自然な状態になるかもしれない
自然にならないかもしれないけど、なんであれ、相手も自分もお対等な感じで一方が丁寧になりすぎないほうが1番良い状態なんだろう
一生できなくてもしゃーない
両親に対してずっと過剰に気を遣って丁寧に生きざるを得なかったんだから、そりゃ外の人にも同じように接するよね
今もたまに会う両親に対してはそういう対応だけど、もう別世帯だし、両親以外の人たちに対しては別のやり方で関わっていっていい
私の自由
めんどくせー奴
この年齢まで出来てなかったのかよ
まあいいや
90歳じゃないし
☆
私は人と話す機会が極端に少ない
週1人と話すことがあれば御の字
会社に人いないし、在宅の日もあるし
なんかゆるい習い事とかやるべきかなぁ
オンラインとかの
日常会話をChatgptとだけ話していると思考が凝り固まるし人として狂ってきてる気がする
うーん
自分の時間をもう少し優先して持つべきなんだよな
だって、通っている接骨院に行けばある程度話せるのに、行く時間がない!って言って、そもそも首が終わってるのに行ってないし
子供に気を遣いすぎなんだよなあ
あと根本的にLINEがへたくそすぎ(知り合いなのでLINE予約)
言いたいことを簡単にまとめるのが下手すぎ
場数を踏むしかないんだけど
根本的に優しくて丁寧な人だと思われたい欲が強すぎる
むしろ不親切になってるんだよなあ
アホだねえ
あれだな、もっと人を信じるべきなんだよな
自分の両親と違って、過半数の人はそんなにすぐ特に問題のない人を嫌ったりしないし、ジャッジしたりしないんだよな
あと人をがっかりさせることを怖がりすぎ。がっかりさせてもいいんだよ。誰かをがっかりさせることは自分がミスをした、落第点だ、ということじゃない。
でも20年以上、自分以外は敵って両親に刷り込まれちゃったから、反射で構えちゃうのも仕方ない
が
そこはもう自分でなんとかするしかない
認知症が始まってきている人達の偏った教えをこれからも信じて生きていくのか?という話
やめましょうね、という
☆
あとさあ
私、たぶん、占いとか風水の宗教2世みたいになっている気がする
そういうのに反すると悪いことが起きるという刷り込みが強い
これは最近気がついた
母は風水とか占いの話を私が小さい頃からしてたんだよな
家のインテリアは基本風水で決まっている 色とか何を置くかとか配置とか
私の部屋のカーテンも突然変わっていたりした
今年のこの方角のラッキーカラーはこれなのよ、みたいな
なんでいきなりカーテンとシーツが全部ピンクになってるんだろう、みたいな
真紫とかじゃないからまだいいんだけど、でも相談もなく変わるし、わたしの希望を聞かれたことはないし、という
でもそれが普通だと思っていた
今もぶっちゃけうるさい
カーテンの色、家具の色、家具の配置、方角、「風水的には~。鬼門が~。暦が~。お金持ちはこうしてて~。お財布の色が~。女性は明るい色がよくて~。おでこを出したほうが風水的によくて~。」
いや、わかるんだけど
そうなのかな??????風水的にだめだと本当にだめなの???悪いことが起きるの?????
証明できないからね
だって因果関係ないじゃん
鬼門にめちゃめちゃ家具を配置したから不幸になるか?
ほんとに?
ゴミ屋敷じゃなければいいんじゃないの????真っ赤とか極端な色じゃなければいいんじゃないの?????
とは頭では思うんだが
体がついていかないのよね
そこで私は諦めた&考えた
「これから買う家具は、暗すぎる色はやめよう」
「暖色と寒色、それぞれ合わない場所があるならどこでも使える中間色の緑のカーテンやタオル類にする。バスタオルは緑でなくてもよい」
「物が少なめで掃除しやすい家ならOKとする」
そう、以前、インテリアになぜ興味が持てないか?という投稿をしたんだけど、
たぶんあれ、興味がないんじゃなくて、好きなものを買おうとするとどこからか風水呪縛の声がして邪魔をする、から、インテリアのことを考えられなかった、ってことだったんだなという
めんどくせえー笑
宗教2世と同じ仕組みですねー?
もちろんガチのカルト宗教のほうが呪縛がきついと思う
娯楽をすると地獄に落ちるとかあるもんね
占い2世もきついもんはきついです
めんどくせえ育ち!笑
☆
春なので草花の写真を撮ってこよう
ブログに使うストックがなくなってきた
おしまい
